[対談]森山開次 × 栗栖良依

この舞台で届けたいもの

パラリンピックの開会式という舞台も共にした本作の振付・演出を手がける(もりやまかいじ)とアクセシビリティディレクターを務める(くりすよしえ)。出会って10 年という月日を経て、本公演への想いを語り合います。

森山開次と栗栖良依が向き合って談笑
森山かいじ(左)と栗栖よしえ(右)

くりす よしえ、いか、くりす:開次さんと初めて作品をつくったのは2015年で、2021年の東京2020パラリンピック開会式でもご一緒しました。開会式が終わって数日後に、開次さんから『TRAIN TRAIN TRAIN』の原案になるような絵が送られてきましたね。

もりやま かいじ、いか、もりやま:パラリンピックを通しての経験をこのままで終わらせてはいけない、という想いがあって、気づいたら手を動かして描いていたものです。

くりす:列車の絵で、先頭で和合由依ちゃんらしき人物がユーフォニアムを吹いていました。

もりやま:開会式のオーディションはコロナ禍でオンライン開催でした。由依は、当時小学校6年生で、特技にユーフォニアムと書いて、応募してくれたんです。パラリンピックの開会式ではユーフォニアムを吹くシーンは入れられなかったですが、本作で取り入れたいと思いました。

車椅子に乗り片手を挙げて踊る和合由依と、そのそばで両手を広げて踊る森山開次、後ろにはキャストが数人写っている写真
稽古中の和合由依(左)と森山かいじ(右)

作品を貫くテーマ
"息・呼吸・蒸気"

くりす:ユーフォニアムを吹く"呼吸"にもつながりますが、かいじさんは、この作品で"息"や "呼吸"を大切にされています。

もりやま:ダンスは常に呼吸とつながっていて、身体に息が通り、血や水とともに巡る感覚があります。今回、耳の聞こえない方をはじめ、さまざまな障害のある方たちと創作する中で、"息"はみんなに共通するものだと気づいたんです。その息が列車の蒸気のイメージにつながって、走り続ける力、時代を超えて人を運ぶ存在を重ねています。

くりす:息は見えませんが、ろう者のKAZUKIとのワークショップで、呼吸のリズムが違うと言われてましたよね。

もりやま:そうなのです。彼らは重要な表現をする瞬間に、呼吸を止める"間"がある。手話を言語とする人たちの呼吸のリズムは、とても新鮮で驚きました。彼らの身体からしか立ち上がらないものがあり、本作では、彼らの言語のリズムを大事にしたいと思いました。

動きを確認している二人の写真。端に、手話通訳の後ろ姿も写り込んでいる。
稽古中の森山かいじ(左)とKAZUKI(右)

新しいアクセシビリティの実践

もりやま:今回、栗栖さんには"アクセシビリティ・ディレクター"として参加いただいています。

くりす:パラリンピック開会式では「ステージアドバイザー」として関わりましたが、本作でも同様に、企画段階からプロデューサーや演出家に伴走し、どのような体制でどのようにつくるか、どんな風に鑑賞していただくか、そういったすべての創作プロセスをアクセシビリティの観点から総合的に監修しています。

もりやま:栗栖さんは、この作品は「障害のある人への配慮を超えて、舞台芸術の構造そのものを問い直す新しいアクセシビリティの実践だ」と話していましたね。

くりす:舞台や観劇の場は、長い間障害のない人を前提につくられてきました。その構造やルールによって、そもそもアクセスする権利を奪われている人がたくさんいます。アクセシビリティはサポートでもサービスでもなく、本来は人権の話です。今回の作品は、その当たり前を一度リセットして、そもそもの前提から見直す試みにしたいと思いました。

もりやま:パラリンピック以降、障害のある人が舞台に立つ機会は増えましたか?

くりす:今回のオーディションでも、パラリンピックで由依ちゃんを見て、「自分も挑戦したい」と応募してくださった障害のある方がたくさんいましたよね。社会のアクセシビリティに対する意識が高まり、障害のあるアーティストたちが活躍できる機会が以前よりは増えたことで、表現を深められるようになったと思います。

もりやま:東京大会から4年経った進化した姿を示すのが今回の公演、ということですね。

くりす:はい。今回はこのクリエイションに関わる全キャスト・スタッフに自ら安心安全な環境がつくれる人になってもらえるような仕組みづくりを意識しました。アクセシビリティ研修会をしたり、ワークショップをしたり、障害や介助の知識以前に、自分も相手も大切にするコミュニケーションの大切さを伝えました。心理的安全な環境をつくることが物理的にも安全な環境をつくることにつながります。それによって、ひとりひとりが個性を発揮しやすくなり、結果的にパフォーマンスの質も向上すると考えています。

稽古場で床に座って話す、4-5人の姿。
(左から)手話通訳、森山かいじ、栗栖よしえ
手話を監修するササ マリー

さらにその先の挑戦へ

くりす:かいじさんには、「演出する際に、視覚だけ、聴覚だけでも楽しめることを意識してほしい」というお願いをしました。さらに、「ムジカ」というテーマと共に、ろう詩人であるササ マリーさんを迎えて、ろう者が作曲する「サイン・ミュージック」を取り入れることも提案させていただきました。

もりやま:そうですね。そこに向き合うためには、まず自分が「踊りとはなにか」「音楽とはなにか」という原点に立ち返る必要がありました。「踊りにとっての音とは」と考えていくうちに、僕たち舞踊家は、音に"合わせる"以前に、自分の身体の中で生まれるリズムや響きをどう奏でるかという課題があることに気づいたんです。身体の中で生まれる音をもってないと、軽薄な表現になってしまう。「サイン・ミュージック」に出会って、あらためて強く感じています。

くりす:かいじさんだけでなく、「音楽」の蓮沼しゅうたさんや、「テキスト」の三浦直之さんも同じように「音楽とはなにか」「言葉とはなにか」という根源的な問いと向き合っています。すべてのキャスト・スタッフがそれぞれの表現領域でこの問いに向き合い、悩みながら、答えを探しています。そこに正解はなくて、忙しい日々の中で一度立ち止まり、再考してみること自体が大切なのだと思います。

両手を広げて踊る上半身の写真。
演出をしながら自らも踊る稽古中の森山かいじ

多様なキャストとひとつの
列車に乗って

くりす:本作には、車椅子の俳優、ろう者の俳優・ダンサー、義足のダンサー、ダウン症など、キャストの身体性や特性がとても多様です。

もりやま:電車に乗っていると、世の中の多様さを実感します。違う人たちが同じ空間にいて、一緒に進んでいく。「列車」はその象徴で、舞台はダンサーや言葉だけでつくっているわけではないし、いろんな人たちと一緒にクリエーションしていくことは特別なことではありません。世の中がそうだから。当然のようにみんなを集めたという思いでこの作品をつくっています。

くりす:普段テレビで仕事している人もいれば、音楽の仕事をしている人も、コンテンポラリーダンスの人もいる。表現ジャンルを見てもバラバラで、その個性の多様性はこの作品の見どころのひとつだと思います。

もりやま:「列車」というからには、どこへ向かうのかという話になりますね。この作品はレトロな雰囲気や懐かしさを纏いながら、記憶と現在、そして未来へとつながる時間の流れの中にあります。明確な目的地を定めているわけではなく、「どこに行きたい?」「どこに向かおうか?」と問いかけながら、共に未来を見て走っていく。世界の行き先は自由だし、そんなことを伝えられたらと思います。

くりす:おそらく多くの人が電車に乗って東京芸術劇場に来るはずです。この作品を見て、家に帰る電車の中の景色が、少し違って見える。そんなことが起きたらうれしいですね。

もりやま:いろんな見方ができる作品なので、全てを正確に理解しようとか分かろうということよりも、「これは何を表そうとしているんだろう?」と自由に想像することを楽しんでもらいたいですね。

稽古場の床に座った4人が、一つの白い風船をキャッチしようとしている。
アクセシビリティワークショップでの様子
(左から、三浦千明、森山かいじ、小川香織、和合由依)

対談実施日:2025年10月10日
写真:米津いつか